大判例

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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1884号 判決 1978年5月30日

控訴人

光洋精工株式会社

代理人

藤原光一

外一名

被控訴人

蔡美黛

外一名

代理人

小倉武雄

外五名

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人らは連帯して控訴人に対し金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和五〇年八月七日からその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。

四  この判決第二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人が昭和三八年二月七日被控訴人炳雄から本件建物の屋上を広告塔設置のため賃借し、同被控訴人に対しそのころ敷金一、〇〇〇万円を交付したこと、本件建物の所有権が被控訴人炳雄から他に移転したことは当事者間に争いがない。そうして<証拠>によると、被控訴人美黛は右賃貸借契約当日控訴人に対し被控訴人炳雄の右契約上の債務につき連帯保証したこと、控訴人は右契約に基づき本件建物の屋上(本件建物は右契約当時は未完成であり、鉄筋五階建の計画であつたため、契約書には鉄筋五階建屋上と表示されたが、実際には鉄筋コンクリート造、一部木造陸屋根、地下一階付七階建店舗兼居宅として完成したものであるから、契約の対象物件である五階建屋上は本件建物の屋上に変更されたものである。以下「本件屋上」という。)の六か所に基脚を取りつけ、その上に鋼材を組立てて広告塔を設置し、本件屋上を占有していたこと、被控訴人炳雄は昭和四二年二月二五日本件建物を訴外山岡寿、同山岡富佐恵に売却し、同月二七日その所有権移転登記を経由したことが認められる。ところで本件建物の所有権の移転により本件屋上の賃貸借における賃貸人の地位は当然に本件建物の譲受人である右山岡らに移転するものではなく、たとえ同被控訴人と山岡らとが賃貸人の地位移転の合意をしたとしても、賃借人である控訴人においてこれを承諾するか賃借権を山岡らに対して主張しないかぎり(却つて、控訴人は異議を述べている。)、本件屋上の賃貸借は、目的物を賃借人に使用収益させる賃貸人の義務の履行不能による契約解除特段の事情のないかぎり、依然として同被控訴人との間に存続するものというべきである。しかしながら同被控訴人は前記のとおり本件建物の所有権を山岡らに移転し、その結果控訴人としては、後記三に認定のとおりおそくとも昭和四三年八月以降本件広告塔を使用できなくなつたものであるから、これを理由として本件屋上の賃貸借契約を解除できるものというべきところ、控訴人の本訴における右契約が終了した旨の主張には本訴状で右賃貸借契約を解除する趣旨を含むものと解されるので、右解除によつて右契約は終了したものとみるのが相当である。

二しかるに被控訴人らは、本件屋上は借家法一条にいう「建物」にあたるから、控訴人の本件屋上の賃貸借は同条により本件建物の譲受人である山岡らに対抗できるものであり、したがつて右賃貸借関係は、本件敷金返還債務をも含めて、当然に同人らにおいて承継したと主張するから、この点について検討する。

1  控訴人が被控訴人炳雄から本件屋上を広告塔建設を目的として賃借したことは冒頭判示のとおり当事者間に争いがなく、本件屋上が本件建物の一部であることは明らかである。ところで、借家法一条にいう「建物」とは土地に定着し、周壁、屋蓋を有し、住居、営業、物の貯蔵等の用に供することのできる永続性のある建造物をいうが、その限界は、結局、社会通念、立法の趣旨等に照らして決められるべきであるとされ、建物の一部であつても、障壁その他によつて他の部分(他の物)と区画され、独占的排他的支配が可能な構造、規模を有するものは同条にいう「建物」であると解されている。そこで右の観点に立つて本件屋上が右のような基準に当てはまる建物の一部であるかどうかについてみるに、<証拠>によると、本件屋上は配電室、階段を含めて約118.685平方メートル(三六坪)であつて、そのうち広告塔の六か所の基脚の中心点によつて囲まれた部分は東西に5.7メートル、南北に9.5メートルで約54.15平方メートル(一八坪)であり、その占める割合は屋上全体の約二分の一(配電室、階段を除外しても約三分の二弱)であつたこと、本件屋上には配電室、階段、広告塔のほかに、本件建物全体を冷房するための被控訴人炳雄所有のクーリング、タワー(直径約二メートルのもの)、北側二か所の基脚と中央の二か所の基脚に囲まれた空間部分に同被控訴人か物入れに使用していたプレハブの納屋(床面積約16.5平方メートルのもの)が存在していたこと、本件屋上には階段からの出入口に施錠設備がなされており、その鍵は控訴人と被控訴人炳雄とが所持していたことが認められ、また、本件屋上の周囲にその構造上危険防止のための何らかの障壁が設置されていたであろうことは容易に推認されるところである。右認定の事実によると、本件屋上はその周囲およびその下方の階下部分とは障壁その他によつて区画されているとはいえ、その上方の空間部分とは全く区画されていないのであるから、右基準にいう「他の部分」と区画されているといえるかどうか疑問であるばかりでなく、独占的排他的支配が可能な構造、規模を有するものとはいえても、現実には控訴人と被控訴人炳雄の占有支配が競合していたのであるから、控訴人の本件屋上の占有をもつて利用上完全に独立した部分の占有とみることはできない。

2  次に、本来借家法が制定された趣旨は、借地法、小作関係の法律などとともに経済的な弱者を保護しその居住権、生活権ないしは営業権を保障しようとする点にあることはいうまでもなく、建物の一部であつても一定の基準を充たすものに限つて借家法一条にいう「建物」にあたるとして借家法の適用範囲の拡張を認めるべきであるとするのは、ひつきよう経済的な弱者である借家人を保護する必要があるからにほかならない。本件賃貸借は広告塔建設を目的とするものであつて人の住居ないしは店舗、事務所等とは直接に関係はなく、何ら借家法による保護を必要とするものではない。したがつて、本件屋上は本件建物の一部であるが社会通念、立法の趣旨等に照らし、借家法一条にいう「建物」またはこれに準すべきものであるとみるべきではないと解するのが相当である。

3  さらに、屋上の賃貸借については別箇の観点から考慮する必要がある。すなわち、元来「屋上」とは「屋根のうえ」を意味し、ビルデイングの屋根はその構造上平坦であり、その屋根のうえである屋上はもとより建物の一部であるが、同時にその上の空間部分との接点をなし、屋外(建物外)でもあつて(屋上に建設された広告塔は屋外広告物法による規制対象とされている。)、その平坦な部分の「平面」は建物というより土地に類似した特殊な効用を有するものである。ビル屋上は近年その利用価値かとみに増大し、本件のごとき広告塔のほか、展望台、テレビ塔、ゴルフ練習場などに利用され、これらの建設、所有を目的とするビル屋上の賃貸借契約か数多く締結されるに至つており、この場合契約当事者の意思としては、ビル屋上を建物の一部として貸借するという認識はなく、土地に類似する「平面」として捉えて、建物所有を目的として屋上を貸借したという観念が濃いものとみることができるであろう。これらのビル屋上の賃貸借契約は建物賃貸借というよりはむしろ建物所有を目的とする土地賃貸借に近似した関係にあるものであつて、そもそも借家法の適用のないものと解することができる。しかしながら、本件広告塔は本件屋上の上の大きな空間部分を利用して本件屋上の六か所に基脚を取りつけて建設されたものではあるが、屋蓋等を欠き社会通念上、一種の工作物であるとはいえても「建物」であるとはいえないことは明らかであるから、借地法を類推適用する余地もない。

4  以上認定のとおり控訴人の本件屋上の賃貸借は、いずれにしても本件建物の譲受人である前記山岡らに対抗できないものであり、したがつて本件屋上の賃貸借関係は敷金返還債務も含めて同人らに承継されたとみることはできない。被控訴人らのこの点の抗弁は採用できない。

三次に、被控訴人らは仮に被控訴人炳雄が敷金返還義務を負うとしても、同被控訴人は控訴人に対し昭和四七年九月分までの延滞賃料権を有しているから、これを差引くと敷金返還債務は残存しないと主張するから、この点について考慮するに、<証拠>によると、本件屋上の賃料は当初は月額金一〇万円であり、その後日時および理由は明らかでないが、控訴人と被控訴人炳雄の合意により金九万三、〇〇〇円に減額されたこと、控訴人は昭和四一年一〇月ころ同被控訴人から賃料増額の交渉を受け、ついで昭和四二年四月ころ前記山岡寿から本件建物を譲受けたとして賃料を四倍に増額してほしいとの申入を受け、さらに同被控訴人から訴外大貴不動産株式会社を通して増額の申入れを受け、最終的には同被控訴人から賃料額を昭和四一年一〇月分に遡つて月額金二五万円とし、その差額分を支払うよう請求されたこと、控訴人は同被控訴人と右山岡寿との間で本件建物の所有権の帰属をめぐり紛争が生じ、債権者を確知できないため同被控訴人および右山岡に対し同年一一月分以降昭和四三年七月分まで従前の賃料額を供託したこと、控訴人はおそくとも同年八月以降本件建物の入口が閉さされていたため本件広告塔を修理することも、点灯することもできず、その使用ができなくなつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。しかしながら、同被控訴人の代理人前記大貴不動産と控訴人との間で右賃料額を月額金二五万円とする旨の合意が成立したとの点については、<証拠>に照らし、たやすく措信しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、同被控訴人に対する賃料債権は、同年七月までの分については、前記供託により消滅しており、同年八月以降本件賃貸借終了に至るまでの分については、同被控訴人が控訴人に本件屋上を使用させることができなかつたのであるからこれを有しないものというべく、結局のところ同被控訴人には延滞賃料債権は存在しないもいというべきである。被控訴人らのこの点の抗弁も理由がない。

四以上の次第で、被控訴人らは連帯して控訴人に対し本件敷金一、〇〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年八月七日からその支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取消すこととし、民訴法三八六条、九六条、九三条、八九条、第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(山内敏彦 田坂友男 高山晨)

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